2022年末、心身を病んでしまった結果、翌3月をもってやっと見つけた専任(ただし期限付き)の勤務先を退職することになり、いくつか応募したうちの1校で非常勤の仕事を得ることになった。担当科目は専門に近いというほどでもないけれど遠すぎもしないもので、やりがいもありそうで、期待に胸を膨らませていた。実際に授業が始まるまでは。
その授業は、すでに完成された教材を使い、同じく周到に用意された教案に沿って進めていくことが絶対とされていた。それまでに持った授業は多少の縛りがあっても自分の裁量が大きかったので、何というか伸び伸びとやれていたのだけれど、ここにきて窮屈な殻に閉じ込められたような感じはしていた。まあ、何にせよ与えられた務めを果たすまで。そう思い、日々取り組んでいたのだけれど、程なく壁にぶち当たった。複数人で分担する授業の、主任教員の口調が、何となくきついのだ。事あるごとに研究室に呼び出され、ダメ出しを食らったり、ダメは出なくても授業時間が余ったことなどをチクチク言われたりして、徐々に疲弊していった。
やがて、授業の運営上で、ちょっと大きめのミスをした。これは絞られるだろうなあ、と覚悟しつつ、主任教員の研究室に行くと、彼女はこう一言だけ言いさして、深い溜め息をついた。
「センター長は、優秀な方だとおっしゃっていたんですけどねえ」
その言葉の真意は言うまでもないだろう。要するに、僕は無能のレッテルを貼られたに等しいわけだ。これがその大学で受けた、1つめのパワハラ(能力の否定)だった。
それからしばらくして、体調を崩した(今思うとメンタル面の問題が大きかったようにも思う)ために複数回にわたって授業を休講にせざるを得なくなり、穴埋めとしてオンデマンドの講義動画を作成し、学生に視聴させるというミッションを課された。確かZoomを使ったと記憶しているのだけれど、ともかく講義動画はちゃんとしたものを作り、YouTube限定公開でアップして、学生には授業支援サイトを通じてURLを告知した。
翌週、例によって呼び出された先の研究室には、僕の講義動画をPCで流しながら乾いた笑い声を発する主任教員の姿があった。
「どうしてYouTubeになんかアップしたんですか。これでは困りますよ」
彼女はうんざりした顔でそう言い放った。まったく知らされていなかったので責められるいわれはない話なのだけれど、オンデマンド講義はZoomの共有機能を使うもの、という不文律があったようだった。限定公開の機能(要はURLを知らない限り第三者が視聴する心配はないということ)について言葉を尽くして説明した結果、「それならまあ、いいことにしましょう」と彼女は引き下がった。自分の早とちりについての謝罪はなかった。何はともあれ、上の発言が2つめのパワハラ(不必要な叱責)ということになる。
これら、たった2回のパワハラで、僕の心はめちゃくちゃに病んでしまった。フラフラになりながら後期を乗り切り、翌年度の前期は主任教員が休暇を取っていたため極度の緊張もなく進められていたのだけれど、後期に彼女が復帰するという報を受けた瞬間から、脂汗が止まらなくなった。プライベートで電車に乗ろうとするだけで、「飛び込んじゃえよ」「お前は無価値なんだよ」などといった心の声がこだまして、足がすくんでしまう。いわゆる希死念慮というやつがすさまじくて、外出なんてとてもできない。バトンタッチで新しい主任になった別の教員に事情を説明し、授業の担当を降りることになった。
結果的に、後期に担当する予定だった授業が履修者ゼロで開講中止になったのは僥倖と言うほかなかった。最低限、学生に迷惑だけはかけずにすんだ。けれど僕の心身はもうボロボロで、結局そのままその大学の非常勤職を辞することとなった。ちなみにその後、まともに電車に乗れるようになるまでには半年あまりを要した。
メンタルが人一倍弱いことは十分自覚している。人によってははいはいワロスでスルーできそうな話だ。ただ、明確なパワハラを複数回受けた自分がそれを発端として退職する一方、加害者側が居座っているという現状には、納得しがたいものがあるのは事実だ。第二、第三の被害者が出ないことを祈るしかないのがもどかしい。
とりとめのない文章になってしまったけれど、パワハラというものはかくも難しい問題を孕むものだ。もしいつか自分が誰かの上に立つときがあったら、負の連鎖は絶対に断ち切る。そんな不確かな未来に思いを馳せつつ、心の声やら何やらと戦う日々は続いていく。生き延びる。何としてでも。